小さな企業だからこそできる!大田区の町工場でボブスレーをつくろう――。

以前から優れたモノづくり企業が集まっている大田区。なかでも加工技術の水準の高さでは定評があるが、一般消費者には何を作っているのか、どんな製品が作られているのかが分かりにくい。そうしたことから大田区のものづくりの力をアピールし、ブランド化をおこなっているのが「大田区ブランド推進協議会」だ。
あるとき、この事務局役を務める大田区産業振興協会のスタッフが、ボブスレーのソリは外国製しかなく選手は中古品などを使っている、というニュースを目にする。そこで、提案相手に選んだのが、『下町ボブスレー 東京 大田区、町工場の挑戦』(朝日新聞出版)の著者となった細貝淳一氏だ。
小さな企業が力を結晶させながら、ついにはオリンピック出場までも目指して、ボブスレー作りに奮闘する様子が生き生きと描かれている。小さな会社の経営者や起業家にとっての考えるヒント、横のつながりの大切さが盛り込まれているドキュメンタリーだ。そのエッセンスの一部をご紹介したい。
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目次
大田区が誇る職人技を「ボブスレー作り」に集結
すべては、小杉聡史氏の提案からはじまった。大田区の町工場が持つ優れた技術を世界に向けてPRするため、「日本製のボブスレーを大田区から作れないか」というわけだ。
話を持ちかけられたのは、アルミの販売や加工を得意とする株式会社マテリアルの社長、細貝淳一氏だ。日頃から何か具体的なモノを通して技術・ネットワークを表現できないかとの議論があり、オリンピック競技に使う道具を製作してアピールすることを考えていたという。しかし、いきなりボブスレーといわれても、触ったことはおろか、見たことすらもない。あまりにも唐突であり、しかも、小杉氏が持ってきた事業概要もA4の紙たったの2枚で収まるような大雑把なものだった。
海外に目を向ければ、フェラリーやBMWといった世界的な企業がボブスレーを作っている。そんなところに、ボブスレー作りにおいて何のノウハウもない町工場が乗り出そうというのだから、そんなことは無理だと考えるのが普通だろう。
だが、この突飛な提案に、細貝氏は「工場が真剣に取り組めばできるのではないか」という思いを抱く。それは次のような理由からだった。
《ボブスレーはソリだから、スケートの刃のような部分――「ランナー」と呼ばれる氷と接触する部分――などをすばらしい精度でつくればよい。それなら、できる。いや、むしろ超高精度の一点ものは、大量生産でなく、技術の高さをウリにしているわれわれ町工場がもっとも得意とする仕事だ》
近年、製造業は海外で安く生産する方向へシフトしていっているなか、形状が難しいものや、短期間の納期で仕上げる必要があるものは、むしろ、町工場のほうが得意分野だ。ボブスレーも一点もので大量生産する必要がないため、小さい企業それぞれが持つ技術が集まれば、優れたモノができるかもしれない。
そんなふうに考えた細貝氏は「うん、いけるかもよ」という返事をし、それを聞いた小杉氏のほうが目を丸くした、というから面白い。このときの細貝氏の「思いは深く、でも、ノリは軽く」というスタンスがなければ、ボブスレー作りに携わることもなければ、それによって大田区が話題になることもなかっただろう。「小さな企業だからできない」ではなく、むしろ、「小さな企業だからこそできる」という発想の転換が、厳しい現実を打開していく。
問題意識を共有して仲間を増やす
ひょんなことから始まったボブスレー作りだが、プロジェクトに協力してくれる職人たちの力がなければ何一つ始まらない。突飛なアイディアだけに人に説明して参加してもらうのに苦労しそうだが、細貝氏は誘い方に少し工夫をしている。
それは、ストレートに「ボブスレーを作ろう!」と切り出すのではなく、「どうすれば大田区のモノづくりがもっと盛り上がると思う?」とまずは尋ねて、相手の意見を引き出してから、「始めたいことがあるんだよ」と切り出すようにしていたという。その理由について、細貝氏は次のように説明している。
《私が「やりたい」と言い、相手にお願いし、動いて「もらう」形では、プロジェクトに参加したくもならないだろうし、協力してくれたところで、いずれ負担に感じ、プロジェクトを去っていくだろう。だから、みんなが積極的に参加したがるように持っていく必要があった。だから「普段、あなたが持っている問題意識を、ボブスレーづくりで解決してみませんか?」という提案をしたのだ》
事業をサポートしてもらうのではなく、当事者意識を持って主体的にかかわってもらう。もともと狭い範囲にさまざまな特性を持った工場が集まっており、「お互いがお互いを支え合う」共生関係ができていた大田区。ボブスレー作りという事業を行政機関が持ちかけて、小さい企業を支援したことで、区をあげてオリンピックを目指すという、地域活性化と技術のPRにはこれ以上ない目標ができたのである。
もちろん、そこに至るまでに数多の試練があったことは、本書にも書かれているが、肝心なのは、どんな壁が立ちはだかっても無理と決めつけずに、具体的な行動を起こして、最後まで諦めないこと。それは、新たなことにチャレンジしていく起業家精神にも通じることではないだろうか。
ソチ五輪では不採用という残念な結果だったが、2018年の韓国・平昌(ピョンチャン)で行われる冬季五輪での採用を目指し、プロジェクトは再び動き出している。この経験をさらに生かした今後の町工場の取組みに期待したい。
『下町ボブスレー 東京 大田区、町工場の挑戦』細貝淳一著/朝日新聞出版(amazon書籍紹介ページ)
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