個人事業主の引っ越し、経費として計上できるものとできないものは?税務上の手続きは?

個人事業主の場合、事業を始めてから、事業が拡大して手狭になったなどの理由で事業所を移転するなどということは珍しくありません。しかし、いざ引っ越しするとなると運搬だけでなくさまざまな費用がかかってきます。これらはどのように取り扱ったらよいのでしょうか。
今回は、個人事業主が引っ越しする際にかかる、さまざまな費用の取り扱いと、引っ越しに伴う税務上の手続きについて解説します。
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2022年(令和4年)分の所得税の確定申告の申告期間は、2023年(令和5年)2月16日(木)~3月15日(水)です。最新版の確定申告の変更点は「2023年(2022年分)確定申告の変更点! 個人事業主と副業で注目すべきポイントとは?」を参考にしてみてください!
目次
- POINT
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- 引っ越しにかかる費用は、生活にかかるものでなければ経費になる
- 内装などを解体したときは除却損の計上を考える
- 引っ越しをした後には住民登録だけでなく税務署への届け出も必要
移転のためにかかる費用の取り扱い
移転のためにかかる費用の取り扱いはどのようになるのかを、店舗や事務所を移転する場合と自宅兼事務所等を移転する場合とに分けて考えてみましょう。
店舗や事務所を移転する場合
まずは、100%事業に使用している店舗や事務所の引っ越しから考えてみましょう。店舗や事務所の引っ越し費用は、基本的に事業に使用しているものにかかるお金ですから、全額が必要経費として認められます。
次に、引っ越しにかかるさまざまな費用をどのように仕訳するかを紹介します。
● 引越業者に支払う料金
店舗や事業所の引っ越しともなると、軽トラを借りて自分たちでというわけにもいきませんね。引越業者に依頼して荷造りや搬出、搬入、設置までをお願いすることになるでしょう。
その場合、青色申告決算書にあらかじめ印刷されている勘定科目には引越費用として適当なものがありません。どれにも当てはまらないとなると、「雑費」を使用することになります。
しかし、引越費用は臨時的なもので、金額も大きくなるため、青色申告決算書の必要経費にある空欄を利用して、何か新しく勘定科目を作成して書き入れるのがよいでしょう。勘定科目は自由に設定してよいので、わかりやすいように「移転費用」や「引越費用」などはいかがでしょうか。
(例)事務所の引っ越しに際して、業者へ引越費用15万円を現金で支払った
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
引越費用 | 150,000 | 現金 | 150,000 |
● 粗大ごみなどの処理費
事業系のごみは、一般廃棄物、産業廃棄物にかかわらず事業者の責任で適正に処理しなければなりません。基本的には廃棄をする住所地の市区町村のルールに従うことになりますが、事業系の粗大ごみは業者に依頼するケースが多いでしょう。
ごみ処理費は「支払手数料」や「雑費」などが考えられますが、多額になる場合には、臨時的な費用として上記の引越業者の料金と同じように処理してよいでしょう。
● 内装等の解体、原状回復費
店舗などの賃貸借では、退去するときは、自分がした内装などを解体して原状に戻してから引き渡す必要がありますね。内装などを解体したときの費用はどのように仕訳したらよいでしょうか。
内装などを解体する場合には、解体費用や処分費などがかかりますが、それと同時に内装や設備などとして減価償却をしていたものについても処理が必要になります。毎年の確定申告では、減価償却費としてその年にいくらを経費にするかを計算しますが、内装や設備そのものを解体・処分する場合には、その時点で経費にしていない金額がどのくらいあるかを把握して、その金額全体を経費にします。
これらについては、「除却損」などとして仕訳しましょう。
(例)移転のため店舗の内装を解体した。その解体・処分費は400,000円で、内装(建物)として残っていた金額(償却費としてまだ経費にしていない金額)は600,000円だった。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
除却損 | 1,000,000 | 普通預金 | 400,000 |
建物 | 600,000 |
自宅兼事務所等を移転する場合
自宅兼事務所等を移転する場合に気をつけたいのは「家事按分」です。自宅兼事務所等は、事業として使用するほか、自分が生活をするためにも使用しています。そのため、家賃や光熱費など事業にも生活にも共通して支出する経費については、合理的な割合で経費の金額を按分して事業にかかる部分だけを経費にする必要がありますね。
引っ越し費用についても同じことで、事業で使うものだけを業者に頼むなら別ですが、基本的には事業の分も生活の分も一緒に引っ越しをしますから、家事按分が必要になります。
では、引っ越し費用をどのように家事按分するかというのが迷うところですが、基本的には運搬する物量を見てのおおよその割合でよいでしょう。例えば段ボール箱がいくつあり、家電などが段ボール箱いくつ相当、というような感じで数えてみましょう。
(例)自宅兼事務所の引っ越しを業者に頼み、現金150,000円支払った。そのうち事業にかかる物量は3割程度だった。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
引越費用 | 45,000 | 現金 | 150,000 |
事業主貸 | 105,000 |
150,000円のうち、事業部分の3割にあたる45,000円を引越費用として必要経費にして、残り105,000円は生活分として事業主貸とします。
賃貸借契約にかかる契約時、解約時の取り扱い
物件の賃貸借契約にかかる精算金などはどのように取り扱ったらよいでしょうか。
引っ越し先物件の契約に伴う精算金
引っ越し先との賃貸借契約に伴い、新規に契約を結ぶ場合は、事業を始めたときと同じように取り扱えばよいです。
(例)賃貸借契約を結び、敷金300,000円、礼金100,000円、初月家賃100,000円、仲介手数料100,000円の合計600,000円を支払った。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
敷金 | 300,000 | 普通預金 | 600,000 |
地代家賃 (礼金) |
100,000 | ||
地代家賃 (家賃) |
100,000 | ||
支払手数料 | 100,000 |
敷金は預け金の一種ですので必要経費にはせず、資産として計上しておきます。礼金については20万円未満のものでしたら地代家賃などとして支払ったときの経費としてよいです。20万円以上となる場合は、繰延資産として一定の期間で経費化する必要があります。
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- 【参考】
なお、青色申告でも最大10万円の簡易簿記の場合は、すべての資産を管理しなくてもよいので、預金出納帳などをつけるときに「敷金」を「事業主貸」として経費になるもの、ならないものの違いだけを記録する形でよいです。また、白色申告の場合は、経費にならない支出はそもそも帳簿づけをしなくてもよいです。
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引っ越し元物件の解約に伴う精算金
引っ越し元との賃貸借契約を解除した場合は、敷金の返還や家賃の日割り精算などがありますね。
(例)賃貸借契約の解除に伴い、敷金200,000円と日割り家賃50,000円が普通預金に返金された。
借方科目 | 借方金額 | 貸方科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
普通預金 | 250,000 | 敷金 | 200,000 |
地代家賃 | 50,000 |
敷金は預け金の一種ですから、それが返還されたとしても収入に上げる必要はありません。資産に計上していた敷金が戻ってきたという形で仕訳します。
地代家賃の日割り精算についても、支払い過ぎになった家賃が戻ってきたというものですので、収入ではなく経費のマイナスとなります。仕訳の上では、通常は家賃の支払いとして借方(左側)に地代家賃という勘定科目を置きますが、今回はそのマイナスということですので貸方(右側)に地代家賃を置き、経費のマイナスという形で仕訳します。
税務上で必要な手続きは?
次に、引っ越しの際に、税務上で必要な手続きについて解説します。
引っ越ししたときに税務署に提出する書類とは?
自宅の引っ越しをした場合には、住民登録を変更するために市区町村へ転出、転入の手続きを行いますね。個人事業主の場合、税務署は住民票が移っただけでは移転したことを把握できませんから、別途税務上の届出をする必要があります。
また、移転したのは自宅なのか、事業所なのかでも提出する届出書が違ってくるので注意が必要です。ここではケース別に説明します。
● 自宅を引っ越した場合
自宅(兼事務所を含む)を引っ越した場合には、「所得税・消費税の納税地の異動に関する届出書」を異動前の納税地の所轄税務署長に提出する必要があります。
税務署は市区町村単位ではありませんので、自分の所轄税務署がどこになるのかを調べておきましょう。納税地(原則として住所)がどこにあるかで管轄の税務署が変わります。
地方では複数の市町村をひとつの税務署が管轄することが多いですが、東京23区のようなところでは、ひとつの区を複数の税務署が所轄することが多いです。東京都世田谷区では、世田谷税務署、玉川税務署、北沢税務署と3つの税務署が存在します。
なお、引っ越し先の所轄税務署が異なる場合には、引っ越し前の所轄税務署に届出書を提出すれば、引っ越し先の所轄税務署に情報がまわります。
異動届は、納税地の移動があった後、遅滞なく提出しましょう。
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● 事業所を引っ越した場合
自宅はそのままで、事業所を移転した場合には納税地は変わりませんから異動届は必要ありません。しかし、事業所の所在地が変わりますので「個人事業の開業・廃業等届出書」を納税地の所轄税務署長に提出する必要があります。
国税庁「[手続名]個人事業の開業届出・廃業届出等手続」から引用
※2019年3月時点の書式です。
個人事業の開業・廃業等届出書というと「開業届」とも呼ばれている書類で、事業を始めたときに提出した覚えがあるかと思いますが、開業・廃業等の「等」の部分に事業所の移転も含まれています。
個人事業の開業・廃業等届出書は、事業所の移転があった日から1か月以内に提出しましょう。
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● 事業所を納税地にしている場合
さて、個人の納税地は原則として住所地となりますが、特例として事業所を納税地とすることもできます。この場合は、「所得税・消費税の納税地の変更に関する届出書」を本来の納税地を所轄する税務署長に提出する必要があります。
国税庁「[手続名]所得税・消費税の納税地の変更に関する届出手続」から引用
※2019年3月時点の書式です。
この手続きを経て事業所を納税地にしている場合に、その事業所を移転した場合には、納税地の異動ではなく、住所地に代えて再度納税地を変更することになりますから、再度変更届出書を提出することになります。
● 振替納税には注意が必要
所得税や消費税を納めるときの制度として、申告に基づいて自動口座振替にできる「振替納税」があります。こちらは、所轄税務署ごとの手続きとなり、所轄税務署が変わってしまうと振替納税の情報は引き継がれませんので注意しましょう。
確定申告期限内に申告書を提出していたのに振替納税の届出がないままでいると、法定申告期限から実際に税金を納めた日までの延滞税がかかったりします。振替納税を希望される場合は、新しい所轄税務署へあらためて振替納税の届出をしておきましょう。
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引っ越し前の年分の申告はどの税務署にする?
その年の途中で引っ越しをした場合には、年末において納税地が変わっていますから、年明け3月15日までに移転後の税務署に確定申告をすればよいのはわかりますね。
それでは、年が明けてから3月15日までの間に引っ越しをした場合には、引っ越し前の年分の確定申告は引っ越し前と後のどちらの税務署にすればよいのでしょうか。
確定申告書は、その提出をする時点での納税地の所轄税務署長に対して提出することになっていますので、前年末の納税地がどこであったかは関係なく、現在の所轄税務署長に提出すればよいのです。
たとえば、2月16日から3月15日の間に引っ越した場合で、その間に確定申告書を提出する場合は、提出日で判断しますので、引っ越し後の税務署に提出することになります。
ちなみに、住民税の場合はその年の1月1日の住所地で住民税が課税されます。その年の途中で引っ越しをしたとしても、その年について住民税を納める先が変わるということはありません。
たとえば2月20日に引越しをした場合、1月1日は、前の居住地の住所なので、住所欄に別々の住所を記入することになります。注意しましょう。
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photo:PIXTA