元LINE森川亮に学ぶ、本質に集中するためのシンプルな考え方

もはや友だちや家族・仕事でのコミュニケーションに欠かせないインフラとなったLINE。国内のユーザー数は5200万人を超え、月間アクティブ率(ひと月にアプリを起動する確率)は90.6%と驚異的な普及率を誇るサービスにまで育て上げたにも関わらず、CEOの森川亮氏は絶頂期とも言える2015年3月にLINE株式会社のCEOを退任しました(現在は顧問)。
在任中からオファーが山ほどあったという出版依頼。それもそのはず、瞬く間に世界を席巻したLINEがどのような思想や経営方針の下で生み出されたのか、経営者や会社員、フリーランスに関係なくビジネスに関わる人なら気にならないわけがありません。
著書のタイトルは「シンプルに考える」。主にインターネット業界についてのビジネスの考え方が書かれている本書より、今回は個人事業主やフリーランスで働く人にも役立つエッセンスをご紹介したいと思います。
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目次
- POINT
-
- 無駄なものを削ぎ落とす勇気を持つ
- ユーザーにとって使いやすいサービスを追求する
- 優秀な社員がパフォーマンスを発揮できるような仕組みづくりを
ビジネスに不要な10個の「しない、いらない」
会社を経営すること。ビジネスを成功させること。
そのためにはMBAを取得しなければならないのでしょうか? それに経営学の本を何冊も読み重ね、常識とされていることを踏襲していかなければならないのでしょうか?
私たちはビジネスや経営について、複雑でややこしく、面倒くさいものとして考え過ぎているのかもしれません。
LINEという世界を股にかける巨大インフラをつくりあげた森川亮氏は、様々なビジネスの考え方を学んだ上で、邪魔になったものをどんどん削ぎ落としていきました。その過程で削がれたのは、以下10個の「しない、いらない」です。
「戦わない」
「ビジョンはいらない」
「計画はいらない」
「情報共有はいらない」
「偉い人はいらない」
「モチベーションは上げない」
「成功は捨て続ける」
「差別化は狙わない」
「イノベーションは目指さない」
「経営は管理ではない」
いかがでしょう? これまで「常識」とされていたことが多く含まれており、驚かれた人も多いのではないでしょうか。森川氏の考えるビジネスの大事な本質について、本書の3Pに、タイトル通りシンプルに書かれているので引用させていただきます。
(前略)
ビジネスの本質は「ユーザーが本当に求めているものを提供し続けること」。それ以外にはないのです。そのためにはどうすればいいか?
これもシンプルです。ユーザーのニーズに応える情熱と能力を持つ社員だけを集める。そして、彼らが、何ものにも縛られることなく、その能力を最大限に発揮できる環境をつくり出す。これ以外にはありません。
そのために必要なことだけをやり、不要なことはすべて捨てる。
僕がやってきたことは、これに尽きます。p.003
突き詰めれば、ビジネスとはユーザー(お客様、場合によってはクライアント)を喜ばせることに過ぎません。ユーザーが本当に求めているものは何なのか。それについて考え抜き、他を圧倒するスピードとクオリティでサービスをつくりだすこと。余計なことはせず、その点に注力することでLINEというシンプルなメッセージサービスは生み出されました。
さらに、森川氏が本書で書かれていることに「徹底的なユーザー目線でのサービス開発」と、「ユーザーに一番近いところ(現場)で働く能力高い社員たちが働きやすい環境を整える」という2つの考え方があります。それぞれについてシンプルにご紹介しましょう。
徹底的なユーザー目線でのサービス開発
新しいサービスを開発するとき、エンジニアをリーダーに据えるとどうしても機能過多に陥りやすいといいます。最新の技術で最新のサービスができあがったとしても、ユーザーに受け入れられなければ、それは良いサービスとはいえません。リテラシーの高い一部の技術者が使うツールならそれでもいいかもしれませんが、LINEはそんなリテラシーの高い人だけが使うサービスではありませんでした。
LINEはエンジニアではなく、デザイナーが主導してサービス開発を行ないました。本当に優秀なデザイナーはひとりよがりなカッコよさに溺れることなく、いかにユーザーが使いやすいデザインであるかを追求します。その過程で、不要なものはそぎ落とされていきます。
そこで残ったものが本質、つまり「ユーザーに提供すべき価値」です。その後、ユーザーの声などを聞きながら少しずつ機能強化や追加を行なっていく。それがLINEを成功に導いた考え方でした。
いま市場では何が求められているのか。
ユーザーはどんな体験を欲しがっているのか。
その求めに応じ、サービスやプロダクトを提供することがビジネスの本質。森川氏はこのように述べています。
ビジネスとは何か?
とてもシンプルなことです。
求める人と与える人のエコシステム(生態系)ー。
これが、ビジネスの本質です。
お腹が空いた人に、おいしい料理を出す。
冬の寒い日に、あたたかい衣服を差し出す。
手持ちぶさたな人に、手軽なゲームを提供する。
どんなことでもいい。人々が求めているものを与えることができる人は、どんな時代になっても生きていくことができる。それが、ビジネスのたったひとつの原則だと思うのです。p.028
エコシステムというワードに注目してください。本来求める人と与える人は、お互いがいることによって存在し得るものです。どちらかがひとりよがりになってしまうと、この関係は崩壊してしまいます。
ビジネスとは決してややこしいものではないのですね。本質はとてもシンプルなことなのです。
ユーザーに一番近いところ(現場)で働く能力高い社員たちが働きやすい環境を整える
もう一点、森川氏は「経営とは管理ではない」と述べています。
会社には通常「偉い人」がいます。そして若い社員たちを統括し、徹底された管理下で仕事をさせようとします。こんな状況でイノベーションは生まれません。
森川氏は、自分がかつて働いていたソニーにその答えを見出しました。ソニーはこれまでにいくつものイノベーションを起こしてきたことで知られていますが、それは優秀なエンジニアたちに、空いた時間は会社のリソースを使って自由に技術開発に取り組ませたことが関係していると言われています。かのウォークマンもそうして生まれたそうです。
LINE株式会社でも、森川氏は優秀な社員たちを管理しませんでした。むしろ彼らが仕事をしている上で生まれたインスピレーションに任せ、自分よりもユーザーに近いところにいる現場の社員が動きやすいような組織をつくることを自分の仕事としていました。
優秀な社員たちが自由に活動し、共感をベースに連携し合うというこのエコシステムを、森川氏は「野球型」「サッカー型」と、スポーツに例えて解説しています。
野球はすごく管理されたスポーツだと思います。打順が決まっていて、自分が何番目に打つのかがわかる。ポジションも固定的で、ピッチャーがキャッチャーをやることはまずない。そして、一球ごとに監督がサインを出して、選手たちをコントロールすることができる。監督の采配がゲームに及ぼす影響が非常に強いスポーツです。
一方、サッカーはきわめて流動性が高いサービスです。一応ポジションはありますが、状況次第でいくらでも変わります。場合によっては、ゴールキーパーがシュートを狙ったっていい。しかも、監督はゲームをコントロールすることはできません。一瞬一瞬の判断は、すべて選手に委ねられているのです。ゲームの行方を左右するのは、選手一人ひとりの技術と、チームとしてのコンビネーション。つまり、彼らの間で良好なエコシステムが機能しているかどうか、なのです。
p.036
スピードとクオリティを追求するならば、不要なものはすべて排除しなければなりません。その排除する項目に、「管理する」ことすら含まれるのが森川氏の考え方。
ただし、これは優秀な社員たちがいることが前提です。サービスへのモチベーションを会社側が担保しなければならないような社員しかいないのであれば、管理しないことが逆効果となる可能性もあります。
ゆえに、森川氏は優秀な人材の採用に力を入れています。組織を構成するのは人、サービスをつくるのも人。結局経営は「人」ありきなのです。フリーランスでもそれは同じ。管理しなければならないような人と情にかられて仕事をするのはやめ、安心して任せられる優秀な人と仕事をすることでイノベーションは起こるのです。
こうして確保した優秀な社員たちが抜群のパフォーマンスを発揮できるような仕組みづくりこそが、イノベーションを起こそうと考える経営者に必要なことなのかもしれませんね。
モノやサービスが溢れ、本当に必要なものは何なのか、ユーザーも会社もわからなくなっている現代。大事なのは機能を増やすことではなく、そぎ落とすこと。ユーザーが本当に求めているものを見つけ出し、そこから初めて機能付加について考える。LINEが成功したのはこういった思想があったからでした。
最後に、森川氏が元気のない日本の製造業界について述べた文章を引用して締めにしたいと思います。日本初のプロダクトはまだまだ生み出せる。そんな希望に満ちた助言です。
僕は、日本の製造業に元気がない理由のひとつは、技術偏重に陥っていることにあるのではないかと感じています。技術中心に考えるから、機能をそぎ落とすことができない。その結果、ユーザーが求めていないものを生み出してしまうのです。
しかし、そもそも日本人はそぎ落とすことが得意だったはずです。
短歌、俳句、水墨画……。不純物を徹底的にそぎ落として本質をシンプルに表現することが、日本人の美意識だったのです。技術主導からデザイン主導に切り替えることによって、古来の美意識を取り戻せば、再び日本経済は元気になるのではないかと、僕は考えているのです。
p.187
『シンプルに考える』(amazon書籍紹介ページ)
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