マイナンバー制度は、個人事業主・フリーランスの業務にどう影響する?

今年10月から国内に住民票を有する人を対象にマイナンバー(個人番号)の通知が始まる。来年1月以降には本格的に運用もスタートする。しかし制度の概要こそ知っていても、業務にどのような影響が生じるのかまで知らない人が多いのではないだろうか。マイナンバーとはどのような制度なのか、特定個人情報保護委員会の委員でもある、東京工科大学コンピュータサイエンス学科・手塚悟教授に話を聞きにいった。
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利用範囲は、税務・社会保障・災害対策に限定される
――はじめまして、フリーライターの安田と申します。来年(2016年)からいよいよマイナンバー制度の運用が本格的に始まり、私も新聞やニュースでなんとなくその概要くらいは知っているのですが、実はいまいち制度についてわかっていない……。自分の仕事にどんな影響が出てくるのか不安な面もあり、お話を聞きにまいりました。例えば日頃の業務で、私のマイナンバーはどんなふうに使われるのでしょうか?
安田さんはフリーランスのライターということですから個人事業主です。そこで所得税の確定申告を想像してみてほしいのですが、税務署には、安田さんからは「所得税の確定申告書」が、安田さんへ原稿料を支払う取引先企業からは「法定調書」(支払調書)が提出されています。税務署は、この2つの書類を突合(突き合わせ)し、税務処理が正しくなされているか確認しているわけです。
――税務署さんも毎年大勢の人から申告書が届け出されるでしょうから大変でしょうね……。
氏名・住所といった情報を”紙ベース”で突合しているのですから、非常に手間のかかる作業です。安田さんの場合は大丈夫でしょうが、例えば「斉藤さん」だったら、「さい」の字が書類によって「斉」だったり「齊」だったり、一致しないなんてこともあり得ます。
――同じ人物でも、字体の違いによって「別の人」になってしまう、なんて危険もはらんでいるんですね。
加えて、こうした法定調書は証券関係、生命保険、不動産などいろいろな種類があります。年間で提出される枚数は3億5,000万枚ともいわれています。
――それはまたべらぼうな数ですね!
しかし、1人に1つの個人番号が付与されたらどうなるのか。これらの手間が軽減でき、番号ならば名前の字体の違いなどもありませんから、突合の確実性も高まるわけです。
マイナンバー制度の導入までには、さまざまな議論が重ねられ、特に利用範囲をどうするのか、というのは大きなポイントでした。海外にもマイナンバーに該当する制度は存在していて、その国の時代背景や国民性によって利用範囲はさまざまですが、例えばドイツは税務分野のみで利用されています。一方スウェーデンなどは寛容で、社会保障のほか、それに付随するさまざまな情報サービスにも利用されています。
日本におけるマイナンバーの利用範囲は、ドイツとスウェーデンの間くらいで、税務・社会保障・災害対策の3つのみ。社会保障での利用も、年金・雇用保険・生活保護など、お金に関するものに限定されています。
個人番号の提供時には「個人番号+本人確認」が必須になる
――制度のメリットとして大きなものは、どんなところにあるのでしょう?
公共機関と国民とのやりとりにマイナンバーが介在することで、いわゆる”縦割り行政”が解消されます。ただ、そのなかだけで見ていれば、民間の事業者にとって、それほど関係ないようにも思えていたのですが、個人番号を必要とする「税務」や「社会保障」のやりとりを企業経由で使う、ということが明確に定められました。すると個人事業主の方も無関係ではいられなくなったわけです。
――企業が税務署に提出する法定調書は、もとをたどれば、私みたいなライターに支払いがあったお金ですよね。例えば私の場合は、原稿料を制作会社からいただいていて、そこで税務が介在する。この場合、制作会社にも、私の個人番号を提示しないといけないわけですね。
私も企業から講演会のお仕事をいただくことがあります。そんなときは、企業から法定調書の作成のために個人番号を求められたら、提示することになります。
――企業には、ただ個人番号を提供すればそれで済むのでしょうか?
そこが重要なポイントです。肝心なのは、対面での「本人確認」が求められるということ。これは、他人に悪用されない”なりすまし防止”のための施策といえます。
例えば、安田さんが個人番号を取引先に提示する場合。その際には、個人番号を提示したのが安田さん本人だと確認できる顔写真付きの身元確認証(運転免許証もしくはパスポート)を提示しなければいけません。
これ1枚で本人確認ができる「個人番号カード」
――それはちょっと面倒な感じもしますね…。運転免許を持っていない人もいるでしょうし。
そこで便利なのが「個人番号カード」なんです。今年(2015年)10月から個人番号を知らせる「通知カード」が全住民に配布されますが、来年(2016年)1月以降には、申請した人を対象に、この「個人番号カード」が発行されます。カードの表面には「顔写真」とともに氏名・住所・生年月日・性別が、裏面には個人番号が記載されます。この場合、免許証やパスポートといった身元確認書類は不要で、個人番号の本人確認が1枚で済みます。さらにカードにはICチップが内蔵されています。
――ICチップはどのような場面で使われるのですか?
2017年1月を目処に「マイナポータル」という情報提供等記録開示システムが利用可能になり、システムの利用には個人番号カードが必要になります。マイナポータルは、マイナンバーに紐付けられた個人情報に対し「誰が、いつ、なぜ提供したのか」を閲覧することができる。NFCカードリーダー(Near Field Communication=近距離無線通信技術の国際標準規格)などがあれば、自宅のパソコンで閲覧が可能です。
そもそもマイナンバー制度自体、法律に定められた目的以外の利用はできないこと、かつ、自分の知らないところで勝手に使われないことが厳格に定められています。マイナポータルは、制度の”透明性”を担保するシステムの一つといえるでしょうね。
さらに言えば、例えば、そのご家庭のお子さんの年齢に応じて、予防接種の情報が通知されるような、1人ひとりにあった行政情報をお知らせするような「プッシュ型サービス」なんていう可能性もあります。さらには、行政機関での手続きを一度に済ませられるような「ワンストップサービス」など、さまざまな場面での広がりも期待できるでしょう。
――なるほど。マイナンバー制度のことが少しずつわかってきました。ところで、私が提供した個人番号は、企業のほうでどのように安全管理されるのでしょうか?
はい。それも非常に重要なポイントです。次回、民間企業側の取扱いについて、順を追って解説していきましょう。
後編「マイナンバー制度は、企業の業務にどう影響する?」はこちらから
- 手塚悟てづか さとる
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東京工科大学コンピュータサイエンス学部 教授
慶應義塾大学工学部数理工学科卒、(株)日立製作所マイクロエレクトロニクス機器開発研究所、システム開発研究所部長を経て現職。
法務省、総務省、経済産業省3省の「電子署名法及び認証業務に関する法律」基準等検討WG座長、経済産業省産業構造審議会「情報セキュリティ総合戦略」委員、総務省「次世代の情報セキュリティ政策に関する研究会」委員などを歴任。
著書に『日本を強くする企業コード もう一つのマイナンバー「法人番号」とは』(共著・日経BP社)等。